静寂が辺りを包む……

「これで、終わり?」

「私達勝ったの?」

 冷気と炎でボロボロの装備のパーティは、自分達の勝利をつかみきれないでいた。

 

「よくぞ、この私を倒した。楽しませてもらったぞ」

 倒れた竜の体から、また竜が、光のオーラとなって静かに立ち上がった。

「私の体は打ち倒された、が、神は死なん。魂はこの通りだ。さてと……」

 竜神に打ち勝ったパーテを見つめる。

「約束通り、どんな願いも叶えてやろう。何を願う?」

 ふたたびしばしの静寂が辺りを包む。

プ「何を願うって?」

シ「私達は修行のためにきたんですもの。アルス様がなにか目的があってここにきたんでしょ」

プ「そうだっけ。う〜む」

 なにやら願い事を思い浮かべるプロキス。

 剣の上達やら、里の繁栄やら、女の子やらが思い浮かぶが、この場にはどれもふさわしくない気がした。

 でも、もしかしたらおこぼれがあるかもしれないしと、腕を組んで一生懸命考えるプロキス。

 

「アルス……」

 自らの電撃で傷ついたアルスの元へ飛んでいくティーエ。

「とうとう願いが叶うのよ。アルスの愛しい好きな人。ルナフレアと、これからずっと一緒に暮らせるのよ」

 そう言葉の糸を紡ぎながら、妖精は、自分の胸が少し苦しいのを感じていた。

シ「死んだ人でも生き返るんですか?」

し「うむ。過去にはそういう例もあった。自らの父親の復活を叶えてやったのう」

「はあ〜〜」

 口を開けて、竜のちからの偉大さにあきれるシフォン。

 その横でプロキスは、頭をひねっていた。

テ「じゃあ、過去に死んだ女性の命を蘇らせてください」

シ「名前を」

 ティーエの唇の端が軽く噛まれる。

「ルナ……」

「待って」

 ティーエをさえぎったのはアルスの声。

 ティーエはアルスを振り返った。

「どうして?ルナフレアに会いたくないの?」

「会いたいよ」

「なら……」

「でもルナは、もうとっくの昔に死んだ人なんだ。僕はアケローンの河をはさんで彼女に会った。そして約束したんだ。僕が、この世界で使命を果たして、愛する人と結ばれて、子供を産んで、そして、僕が僕の世界を離れる時が来たら、その時に……」

 アルスが寂しげに笑う。

「その時にまた会いましょうって……」

 ティーエを、その両手で包む。

「ルナフレアはその世界で幸せに暮らしているんだ。僕は僕たちの世界で幸せにならなくっちゃ」

 アルスの手の中でアルスを見上げる妖精。

「でも好きだったんじゃないの?」

 その問いに、いつものようにはにかんで答える勇者。

「好きだったけど、そんな好きじゃないよ。憧れっていうか、お姉さんっていうか……はは、よくわかんないけど、ルナとそんなふうになるって考えたことは一度もないよ。だから……」

 また少し寂しそうな顔を見せる。

「ルナフレアは苦しみや悲しみのないあっちで暮らさせてあげてよ」

「うん。わかった」

 涙を流して謝るティーエ。

 その様子をただ待って眺めていた神竜。

「これ、はよう願いを言わんか」

「あっ」

「僕はいいから、君たちなにかあったら……」

キタ━━━━()━━━━!!

 プロキスは心の中で叫んだ。

(もしかしたらと思ったけど、ついに願いが。長年夢だったアレをアレする願いを叶える時がついに。待て、落ち着けプロキス。あまりがっついてはいかん。いかんぞお。おごそかに、つつましやかに、申し訳なさそうに言うんだ)

 プロキスは深呼吸して、自分の、ちょっとえっちな願いを口にしようとした。

「私を人間にして下さい」

 変なポーズで固まるプロキス。

「ティーエ?」

 ティーエの願いにいぶかしげな表情を見せるアルス。

 アルスの手の中のティーエは、顔を赤らめて申し訳なさそうに応える。

「私は、ずっとアルスが好きだった。仙人の里の時でも、異魔神との戦いの時もずっとずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいたかった。でもそれは……」

「その願い、しかと聞き届けた」

 神の竜はそう答えると、自らの瞳から黄金の光を放った。

 黄金色の光に包まれた、竜の祭壇に目を開けていられなくなったアルスたち。

 しばらくして、光がようやくおさまろうかという時、最後の光から、ひとりの女性が現れた。

「ティーエ」

「変かな?」

 ティーエは耳の短い、背に羽根のない、人の背丈の、普通の町娘の格好をしていた。

「服はサービスじゃ」

「いい仕事するわね」

 ウインクするシフォン。

「私じゃ、アルスには釣り合わないかもしれないけど……やっぱり自分の気持ちに嘘はつけなかったの。変なことに願いをつかっちゃってゴメンね」

 人間になったティーエはその瞳でアルスを見つめた。

 黙ったまま、なにも言えないアルス。

「やっぱり迷惑だった?」

 青い床に目をふせるティーエ。

 ややあってようやく口を開くアルス。

「僕こそずっと一緒にいたのに、ティーエの気持ちに気付けなかったよ。ゴメン」

 首を振るティーエ。

「僕は君のこともそんなふうに考えたことはなかったけど」

シ(ああ、やっぱりティーエさんでも、駄目なのかなあ? あんなに綺麗なのに……)

 ふたりの行方を固唾を呑んで見守るシフォン。

「でも、ティーエとは、これから先も、ずっとずっと一緒にいる、一緒にいたい、一緒にいてくれると思ってたんだ」

(おっ)

「それは結局僕の気持ちもそういうことなのかもしれない。こうして目の前に現れるまで、わからなかったけど、」

 アルスを見上げるティーエ。人間のその姿は、逞しい青年となったアルスよりは小さな背丈のふつうの女性。

「僕もティーエのことがとても好きだよ」

「アルス……」

 アルスの瞳を真っ直ぐに見つめる。

「ちょっと鈍感かもしれないけど、これからも一緒にいてくれる?」

 嬉しそうな笑顔をこぼすティーエ。

 それは彼女が人間に生まれ変わって、初めての笑顔だった。

 アルスの胸に飛び込むティーエ。

 ちょっとぎこちなさそうに、両手を彼女の背中に回すアルス。

 

「ぱちぱちぱち……」

 シフォンとホイミンの拍手に祝福されるふたり。

 プロキスはさっきから変な格好のまま固まっていた。

「ちょっとアンタさっきからなにしてんの?」

冷たい視線を向けるシフォン。


「いやあ、本当に良かったな。うん。こういうふうに願い事っていうのは使うべきなんだよな、うん。」

 プロキスもようやく、我に戻ってふたりに拍手を送る。

「?」

 

 パーティの祝福に包まれて、ティーエと、アルスは(ちょっと照れていたが)幸せそうだった。




     


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